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うなぎ桶

うなぎブログ

ジムのサウナでいつままでも一緒にいられそうな空気に禅的なものを感じる

 ジムのサウナの扉を開け、ゆっくり、静かに入る。
足音をたてぬよう、扉を大きな音で閉めぬよう、空気を乱さないように。マットを敷いて座る、が入るとき会釈を忘れた、しかしそれは些細なこと。大した問題ではない。いいか、と思ったらメガネかけっぱなしだった。さすがの僕も焦り、メガネを外の棚に置きに行く。だが静かにだ。既に僕はその空気を感じ取っている。
 先客は一人、足を組んでいる。微動だにしない。一切音を発しないというより、気配だけの存在になっている。存在はある。しかしサウナの空気と一体化しているのだ。僕はその空気を乱さぬよう、静かに座り。じっとする。
 その時から感じるんだ、なんというか美を。サウナの熱を発するところが発するパキン、パキンという鉄の弾けるような音と、時折流れるサウナ利用注意の音声。それはもう野山に吹く風や、打ち寄せる波のようなもので、ここはただただサウナなのだ。僕はもうこれならいつまでだっていられるのだ。左後方のいる男性、いやもはや何者でもない。僕ももう何者でもない。ただただサウナと一体化しているだ。
 その空気が一瞬乱れる、そしてまた、二人ほど人が入ってくる。まず一人、次にもう一人。一人目はすぐさま察して、消えた。いや、一体化したのだ、ここに。しかしもう一人にはまだ難しかったようだ。息苦しそうにしている。その後に入ってきた男の息遣いと、動きだけがわかる。芽を閉じていてもわかるのだ。ここには既に三人の見えない者がいる。そして、一人この場に馴染めないでいる男が一人。案の定、彼はすぐ出て行った。追い出したわけでもないし、なんていえばいいんだろう、彼はここにいるべきではなかったのだ。
 さて、空気が再び鎮まった、僕は永遠にここにいられるだろうが、そうもいかない。じゅうぶんに堪能したし、腹八分目というやつがある。なので退出することにした。また帰るのだ、ざわつく世界に。そういうわけで、静かに立ち、床をきしませる音だけ鳴らし、会釈をして、静かにドアを開け、静かに閉めて、また世界に戻るのだ。
 そこにはマナーとかそういうのじゃなくて、美があった。思うに、優れたアスリートのフォームは美しい。優れたパフォーマンスを発揮するフォームは美しいと感じる。それはひとの本能だと僕は思うのだ。ゆえに、マナーというやつもそれには美を感じるものだと思うし、今回のような空気もまた、マナーではないがマナーに近い。この美しさを愛でる心が大事だなあと思うんだ。ちなみに、途中で出てった方は、なにか置きに行ったのか取りに行ったのか、またサウナ室へ向かっていった。まあ、そういうことならしゃあないなと思った。