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うなぎ桶

うなぎブログ

理屈っぽい人のためのコミュ技術を考えてみようと思う

なぜこんな記事を使ったのかといえば、私自身が理屈っぽいからだ

ちなみに私は文系だ。しかし「理系っぽい」とよく言われる

真面目系クズというやつだ

文系で頭固い自分はもう嫌ー! という人間である

そんな私がコミュニケーション技術を考えてみようと思う

まず、どんなものを書くかまとめてみる

まず5W1Hで記事を書く動機を説明しようと思う

5W1H

When Where Who What why  How

いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように

これをちょっと読みかえる

1なぜ、2誰と、3いつ、4どこで、5何を6どのようにするか

なぜ5W1Hを持ちだすかって?

今使いたかったからだよ!

 

1、なぜ

なぜ私がここまでコミュニケーションにこだわるか?

社会に馴染むため、というのもあるが、むしろ

人間と接するのは快であると感じるようになったからである。

しかし、長年人間嫌いであったので、コミュニケーション能力が

著しく低いということを最近自覚し始めてきたからだ

会話が続かない、

自分がされたら不快である会話を相手に押し付けていた、

この2つが主であり、連関している。

具体的には、一方的にまくし立てるか

ころころと質問し続けるかの2パターンしか

今までになかった。

これを改善するべく、行動する前段階として

本を読んだり考えをまとめてみることにする

 

2、誰と

ここで「誰と」と決めてしまうのは有害だと私は考えている

こういうコミュニケーション一般に関して想定されるのは

「友人」「同僚」「家族」……等であるが

普通、このようなくくりで会話をするだろうか?

たとえばあなたは友人であるAさんと、Bさんに全く同じ対応をして、

全く同じ話題を持ちかけるだろうか?

この世に同じ人間はいない。

Aさんが野球を好きで、仮にBさんも好きだとして、

好きな選手からひいきしているチーム

それはすべて同じだろうか?

確かに、その辺りは同じこともあるだろう

だが育った環境は違う。二人の人生の中で

野球はどのような場所に位置づけられているだろうか?

よくある間違いだと思うのだが

○○には~の話題が鉄板!

などということを書いている“アドバイス”が多い

違う。そんなものはない

人間はすべて違う

マニュアル化された対応や会話はされたくないと

私は思う。だから私は相手を決めない。

もっと、誰にでも共通するコミュニケーション

というものを模索したいと思う

 

3、いつ

前項に同じである。

時によって対応も違ってくる。

 

4、どこで

前項に同じといいたいが、

とりあえず一人で居る場所

自室でもどこでも構わないが

そこから始めたい

人がいる、相手がいるときの想定は

もう少ししてからにしようと思う

もちろん、機が熟したら人の中へも入っていくことについても

模索しつつ書いていく

なぜ?

それは私が、理論を知ってから実践して納得するという人間だからである

とりあえず理論を知らないと怖いし

でも実践しないと全然役に立つかわからない

そして理論の大半は実践でふるい分けられて消える

だが、一部の理論は強く納得するようになる

そんな一連の過程をたどってきた

 

5、何を

私に足りないのは下準備である

下準備とはなにか、会話想定問答集である

問答集なんて、何を言い出すかと思われただろう

さっきまで、「マニュアルはダメ」と言っていたのに!

と、思うだろう。

しかし、だ。相手で誰であろうと、

基本的な自己開示は同じだ

相手によって好きなものを変えたり、意見を大幅に変える人間など

そうそういないだろう。相手に合わせる部分はあるだろうが、

根本は変わらない。

その自分自身を見つめ直す作業をする

さらに、重要な下準備は

会話のネタ収集である

これは自己分析をしていくと、自ずから見えてくるのではないかと思っている

自分の好きなものを調べ、それに沿ってネタを収集していけばいい

正直言って、いくら仲良くしたい相手がいるからって、

自分が嫌いなものを無理やり好きになることは

私はできない

なので、この自己分析と会話ネタ収集はほぼセットで

問題は使い方だが、それは次項で

 

6、どのように

さて、引き続き会話ネタの使い方であるが

これが難しい

延々と仕入れた知識を語られたって面白いわけがなかろう

まず、コミュニケーション上有用な情報を意識的に集めていく

(それすら面倒であるが)

そして、その情報に対して感想をもって、

共感を求めるというのが基本的な姿勢ではないのだろうか

その感想というのも

分析ではない!

分析ではないんだ!

考察でもないし、批判でもない

感想を、である

それはなぜか?

そんな会話は論文でやってくれよ、日常会話で面倒だろう

ほんと、今やこれ考えるのすら私は面倒である。

分析を語る→相手ポカ~ン

これ以外ない

反論してくるとか、理解して同意されるとか、そういうのは

なかなか難しい。身をもって経験しました、はい

この、「分析がいけない」ってことについても深めたいけど、

これ聞かされる身にならないとなかなかわからん

あるいは自分で省みるとわかる

 

簡単にまとめるか

コミュ力がないから訓練して自信つけるよ、とりあえず部屋にこもったままでできることからね!」